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しばらくお休みします [雑記]

大変申し訳ないのですが、しばらく更新をお休みします。

昨日、自転車で転倒し、顔と両腕を強打しました。血もかなり出て、人生で初めて救急車を呼びました。
とりあえず打撲、裂傷程度で済みましたが、腕が痛く、キーボードを打つのもやっとの状況です。
「氷川丸」も完成まであと一息のところなのに悔しいです。できるだけ早く戻ってくるつもりですので、しばらくお待ちください。
あと、みなさんも自転車に乗る時は安全運転を心がけましょう。

0001.jpg
ふたたびこの画像を使う日が来ようとは…。

(2016/04/02追記)
制作再開しました。近日中に更新する予定です。


天蓋の設置 [1/700病院船氷川丸]

前回からの続きです。
第一番艙と第二番艙の明度の違いをどう解釈するかについて、もう一度資料を精査してみます。

資料本「氷川丸とその時代」には、1943年(昭和18年)5月20日、横浜三菱造船所入渠の際、次の工事を行っている、とあります。

「第六番艙に屋根を張り、白色塗装のうえ、上部に赤十字標識を描く。」

第六番艙の上部に屋根を張ったのは、赤十字標識のためだけでしょうか。
「氷川丸」は病院船に改装される際、船艙の一部を病室および兵員室に改装しています。資料本によれば、

「第六番艙中甲板を第五病室(伝染病室)、第二番艙中甲板は兵員室とした」

とあります。

船艙は本来居室として使用することを想定してないので、改装の際、それぞれ仮設の電気通風装置を設置していますが、それだけでは快適とは言い難い環境だったのではないかと考えます。
晴れの洋上、とりわけ南洋ともなれば強い日差しが甲板や船体に照りつけ、船室内の気温も上がります。夜になると外気温は下がりますが、熱を持った船体や甲板はすぐに冷えることはなく、放熱して船室内の気温はなかなか下がりません。もとより「氷川丸」には、甲板の温度上昇を防ぐため、直射日光をさえぎる天幕が備わってますが、キャンバスでは強風等気象条件によっては展張できない場合もあります。そのため、居室として環境の悪い第六番艙上部には固定天蓋が必要だったのではないか、そして記録にはないが、兵員室として使われた第二番艙上部にも同様の措置が取られたのではないか、とVANは考えました。

ということで、第二番艙上部にも、第六番艙同様の固定天蓋を作ります。映画のキャプチャーの解像度が低く自信がないのですが、赤十字があるような気がしたので、これも描きました。
DSCN3572.jpg

船橋正面のデリックブームを取り付け。
DSCN3575.jpg

固定天蓋を取り付け、左舷側に天蓋支柱を取り付け…たのですが…
DSCN3578.jpg

考え直して、デリックブームの格納位置を変更。なんだかんだで3回ぐらいレイアウトを見直しました。
画像などで確認すると、船橋前のデリックにはワイヤーが通っておらず、使用できないようになっていたようです。
DSCN3583.jpg


天蓋支柱にキャンバスを張ります。
キャンバスの素材は、生成色(きなりいろ、漂白してない)習字用半紙をそのまま使用しました。
現物に合わせ半紙をカットして、接着は水で薄めた木工用ボンドを面相筆で塗り。障子紙を張る要領で張っていきます。
DSCN3605.jpg

第二番艙上部の天蓋を左舷側のみ。キャプチャー画像からそう判断したのですが、もしかしたら右舷側にも天蓋支柱が設置されてたのかもしれません。それともキャンバスの範囲は下の兵員室のレイアウトに依存するのかもしれません。
DSCN3595.jpg

第六番艙廻りにも設置。多少ヨレヨレっとした方がキャンバスらしい感じがします。
複雑な部分は幾つかに分割して張ってます。
DSCN3600.jpg

この仮設天蓋に描かれた2つの赤十字が、最終的に船橋正面の赤十字とアフトボートデッキ上部の赤十字電飾に変遷していったのではないかと根拠なく思います。
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